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「寄り合い談義・悪文改善法」のまとめ6

 著者:正木斗周

 2014年11月のいちもくセミナー、「宿題」の6つ目、文例6です。

 今回の文例は、大もとに英文の原稿があり、それを日本語に訳したものです。
 英日翻訳の勉強をしている人が書いた訳文なのですが、翻訳ですから原文から大きく逸脱することはできません。
 原文を忠実になぞった上で、日本語として優れた文章になっているかというところがポイントで、その点がこれまでの文例とは少し違うかもしれません。
 
 まず文例を眺めてみましょう。

文例6:取扱説明書の英文を訳したものです。もう少し洗練させてください。

 シャッターボタンを半押しし、そのまま保持して、露出と焦点を合わせます。次にシャッターボタンをいっぱいまで押し下げると、シャッターが降ります。シャッターの音が鳴って、メモリーカードにデータが記憶されます。

 一読しておわかりのように、これはカメラ、それもデジカメの取扱説明書です。
 翻訳の仕事をしていると、たとえ原文が難解でも、自分がよく知っている分野の話なら誤訳も少ないということを経験的に感じます。
 この文例の著者は、残念ながらカメラのことをよく知らないまま、推測あるいは思い込みで文章を綴っているようです。

 さてどう直すか、修正例を見てみましょう。
 
◆宿題回答(順不同)
A シャッターボタンを半押しし、露出と焦点を合わせてから、そのままシャッターボタンをいっぱいまで押し下げます。シャッター音が鳴り、メモリーカードにデータが記憶されます。

B シャッターボタンを半押ししながら、露出と焦点を合わせます。それからシャッターボタンをやや強めに押すと、シャッターが降ります。音が鳴り、メモリーカードにデータが記憶されます。

C シャッターボタンを半押ししながら、露出と焦点を合わせます。続けてシャッターボタンをいっぱいまで押し下げるとシャッターが切れて、メモリーカードにデータが記憶されます。

D シャッターボタンを半押ししたまま露出と焦点を合わせます。次にそのボタンをいっぱいまで押し下げると音が鳴り、メモリーカードにデータが記憶されます。

E まずシャッターボタンを半押したまま、露出と焦点を合わせます。次にシャッターボタンをいっぱいまで押し下げると、シャッター音が鳴り、メモリーカードにデータが記憶されます。

F シャッターボタンを半押ししたまま保持して、露出と焦点を合わせます。次にシャッターボタンをいっぱいまで押し下げます。シャッターの音が鳴って、メモリーカードにデータが記憶されます。

G シャッターボタンを半押ししたまま,露出と焦点を合わせます。ボタンをさらに押すと,シャッターが降ります。このとき,シャッター音が鳴り,メモリーカードにデータが記憶(記録)されます。

H シャッターボタンを半押しし、そのまま保持して、露出と焦点を合わせます。次にシャッターボタンをいっぱいまで押し下げ、シャッターを切ります。シャッター音がして、データがメモリーカードに記録されます。

I 露出と焦点を合わせるには、シャッターボタンを半押しして、そのまま保持します。ボタンをいっぱいまで押し下げれば、シャッターが降り、画像データがメモリーカードに記録されます。

 

◆回答を眺める

 この文章の中で注目したい部分が3つあります。
1) シャッターが降ります
2) 音が鳴って
3) データが記憶され

 1) については、「降りるシャッター」というのはガレージや店のシャッター、つまりシャッタードアだということです。
 カメラでは日本語の慣用句として「シャッターを切る」が定着しています。
 ところがシャッターと聞くと、反射的に「降りる」「降ろす」と思ってしまう人が多いようです。
 回答例でも、3名の方が「降りる」を使っています。
 ただ、このセミナーに参加した一人(上記の回答者の一人)は、父親が「シャッターを降ろす」と言っていたのでそのように覚えたと説明されていました。一種のローカルな言い回しと考えることができるかもしれません。

 2) については、「音が鳴る」は正しい表現かということが問題です。
 辞書的には、「鳴る」とは「音がする」「音が出る」とあります。
 つまり「鳴る」の中に音は組み込まれているのであって、「音が鳴る」という表現は「馬から落馬する」に等しい、冗語と考えるべきでしょう。
 シャッター音に言及した人のほとんどが「音が鳴る」派であったのには正直驚きました(言及なしはこの場合バツです)。

 ただ、これもセミナー参加者の意見ですが、「シャッター音が」と言った場合には「する」では弱い感じがして、「鳴る」でもよいのではないかということでした。確かに文脈により、受け手の感覚も違ってくることはありそうです。

 3) については、メモリーの話の時に「記憶」は適切なのだろうかという疑問です。
 メモリーに関しては定義として「記録媒体」「記憶媒体」という言葉がありますので、「記憶」を使ってももちろん間違いではありません。
 しかしこの文章の中で「記憶」を使うと、一種の人間の脳の比喩のような印象が生じることもまた事実です。
 単純に物理的事実を叙述するのか、読者に対してわかりやすく説明することを優先するのかによって、使う語彙も配慮が必要になるように思います。

◆まとめ:文例6から得られた「御教訓」
特定の分野の文章は、その分野の用語に精通すべし
耳に馴染んだうっかり言葉に注意(言うは易し)

この記事の著者:正木斗周 »プロフィール

◆編集デザイナー、コーディネーター。DTPはQuark、PageMaker時代から。◆名前の斗周は柳名。本質を捉える今日的な時事川柳の発展普及を目指している。◆最近は仕事より趣味に走りがちで、3年後の個展を目指して水彩画に没頭しつつある。

ウェブサイト:http://epicuritique.masaki-design.biz/

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